【SUPER JUNIOR(スーパージュニア)ヒチョル】SUPER JUNIORの年長組「ヒチョル」ってどんな人?徹底分析!
【SUPER JUNIOR(スーパージュニア)ヒチョル】SUPER JUNIORの年長組「ヒチョル」ってどんな人?徹底分析!
2020年に結成15周年を迎えたSUPER JUNIOR。
アジアNo.1マルチエンターテインメントグループとして、グループ活動に限らず個人活動でも大きな人気を集めています。
今回は、SUPER JUNIORの年長組「ヒチョル」のプロフィールや、経歴について紹介していきます!
【SUPER JUNIOR(スーパージュニア)】SUPER JUNIORとは
SUPER JUNIORは2005年11月6日に「Twins」でデビューした、韓国の9人組男性アイドルグループです。
韓国の3大芸能事務所の一つである、SMエンターテインメントに所属しています。
ファンからは「スジュ」「SJ」と呼ばれています。
今までの既存グループとは違い、SUPER JUNIORは歌手だけではなくタレントや俳優、MC、お笑い、作曲家、モデルなど、各分野のトップスターを輩出することを目的として結成されました。
結成当初は「SUPER JUNIOR05」という、定期的にメンバーを入れ替えるプロジェクトグループでした。
しかし、メンバーの入れ替えを望まないファンからの猛抗議によって、2006年6月6日にリリースしたシングル曲「U」から、「05」の表記はなくなって「SUPER JUNIOR」として活動をはじめました。
12人組でデビューしましたが、2006年にキュヒョンが加わって13人体制になりました。
2009年にはハンギョンが中国へ帰国し、キボムが活動休止に。
2015年には長期間活動休止していたキボムが脱退を表明しました。
そして、2019年にはカンインが脱退を発表しました。
2014年に女優キム・サウンと結婚したソンミンも、グループ活動に参加していません。
なので現在は、イトゥク、ヒチョル、イェソン、シンドン、ウニョク、ドンヘ、シウォン、リョウク、キュヒョンの9人体制で活動しています。
SUPER JUNIORはメンバーそれぞれに個人スケジュールがあるため、メンバーが全員揃うことはめったにないグループです。
日本デビュー
2011年6月8日に、「美人(BONAMANA)」の日本語Ver.をリリースして日本デビューを果たしました。
この曲は初登場にも関わらず、オリコン週間ランキングで2位の記録を収めました。
グループ名の由来
デビュー前でまだグループ名が決まっていなかった時に、SMエンタ代表イ・スマン氏が「お前たちはダンスも歌も演技もできる凄い子たちだ!スーパージュニアだ!」という発言をしたことが由来になっています。
ファン名
SUPER JUNIORのファン名は「E.L.F(エルフ)」と言い、韓国語読みでは「エルプ」と読みます。
「Ever Lasting Friends」の頭文字を取ったもので、「永遠の友達」という意味が込められています。
メンバーとファンが永遠に友達のような関係でいることを願って付けられました。
【SUPER JUNIOR(スーパージュニア)ヒチョル】ヒチョルのプロフィール
本名 | キム・ヒチョル |
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生年月日 | 1983年7月10日 |
出身地 | 大韓民国江原道横城郡横城邑 |
身長 | 179㎝ |
血液型 | AB型 |
ポジション | サブボーカル/サブラッパー |
ニックネーム | レラ/ヒニム/宇宙大スター |
特技/趣味 | 作詞/ゲーム/アニメ |
【SUPER JUNIOR(スーパージュニア)ヒチョル】ヒチョルの経歴
ヒチョルは2002年に開催されたSMキャスティングシステムオーディションに合格し、2003年にSMエンタの練習生になりました。
オーディション当日は30分も遅刻してしまったそうですが、会場に来たヒチョルのルックスを見たSM関係者は、遅刻したにも関わらずオーディションに参加することを許可したんだとか。
オーディションでは「国家」を披露したそうです。
SUPER JUNIORに加入する前はカンイン、東方神起・ユンホ、JYJ・ジェジュンの4人で、「4Seasons」というグループを組んでいました。
その後、2005年11月6日にSUPER JUNIORのメンバーとしてデビューを果たしました。
ヒチョルはSUPER JUNIORから派生したグループにも参加していて、2007年にSUPER JUNIOR-Tのメンバーとして活動をはじめました。
また、2007年2月から2008年5月まで、音楽番組「人気歌謡」のMCを務めました。
【SUPER JUNIOR(スーパージュニア)ヒチョル】ヒチョルの練習生時代
SUPER JUNIORとしてデビューする前、ヒチョルはバンド「TRAX(トラックス)」のメインボーカルとしてデビュー準備をしていました。
なので、当時はSM関係者との音楽の方向性が合わずに度々衝突していて、その度に毎回反省文を書かされていたそうです。
一度はデビューを諦めて地元・江原道に帰ったこともありましたが、TRAX・ジェイとジョンモ、東方神起・ユンホ、SUPER JUNIOR・ドンヘによる説得で、再び事務所に戻ることができました。
この時のことを振り返りヒチョルは、「彼らに説得されなかったら、あのまま練習生生活を辞めていたと思う」と話していました。
【SUPER JUNIOR(スーパージュニア)ヒチョル】交通事故に遭っていた
ヒチョルは2006年8月10日、ドンヘの父親の葬式の帰宅途中で交通事故に遭い、左大腿部と両足首を骨折するケガを負いました。
ケガにより、約2年間は左足に金属を入れていたそうです。
この事故の影響で足首には後遺症が残ってしまったため、ステージパフォーマンスをすることが困難になりました。
なので、現在はパフォーマンスの途中からステージに加わって、パフォーマンスに参加しています。
ダンスが出来ないと分かった時は「どうやって生きていけば…」と絶望してしまったそうです。
ですが、バラエティーで活躍する内に段々と気持ちが落ち着いて行ったようです。
また、足だけでなく鼻の骨も折れていたようで、鼻の整形手術も受けています。
本人的には元の高さより高くしたかったそうですが、全体のバランスを考えた結果以前よりも低い鼻になってしまったそうです。
【まとめ】【SUPER JUNIOR(スーパージュニア)ヒチョル】SUPER JUNIORの年長組「ヒチョル」ってどんな人?徹底分析!
今回は、SUPER JUNIORの年長組「ヒチョル」のプロフィールや、経歴について紹介してきました!
ケガの影響でダンスパフォーマンスは見れませんが、バラエティーなどで沢山活躍する姿を今後も見続けたいですね。
これからも、SUPER JUNIOR「ヒチョル」の活躍から目が離せません!